松前町とはだか麦

昔の日本では、どこの農家でも麦を栽培し、加工していました。麦とは日本人にとって馴染みの深いものでした。
しかし、現在では農業に従事する方が減り、麦畑の景色を見ること自体少なくなっています。そんな中、松前町には、はだか麦を栽培する農家がまだまだ残っています。黄金色に輝く麦畑は、松前町の初夏の風物詩であり、見るだけで心なごむ美しい風景です。美しさもさることながら、この風景からは、たくさんの価値が生まれているのです。

なぜ、松前町では、はだか麦の生産が盛んなのでしょうか。
松前町には、このはだか麦の語り継がれる伝説があります。江戸時代の享保の大飢饉のとき(1732年)、松前町の農民「作兵衛」は食糧がなくなっても種麦には手をつけず、種もみを残すことで多くの人の命を救いたいと願いながら亡くなりました。そして翌年、作兵衛の残した種もみをまいて育てた麦は豊作で、多くの村人が救われたという話です。

松前町のはだか麦には、強い思いが込められているのです。今でも、義農作兵衛の心を受け継ぐかのように、途切れることなく盛んにはだか麦が生産されています。松前町のはだか麦は、昔から人々と歩んできた、たくさんの思いの詰まった誇りのある地域の宝なのです。